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東京地方裁判所 昭和23年(ワ)4421号 判決

原告 斎藤伝市

被告 鎌田千代治

一、主  文

1  被告は、原告に対し金弍拾万円及びこれに対する昭和二十三年七月一日からその完済まで年五分の割合による金員を支払うこと。

2  被告は、原告に対し鉄製ドラム罐五十本を返還すること。若し、これを返還することができないときは、被告は、原告に対し一本について金六百円の割合による金員を支払うこと。

3  原告その余の請求は、これを棄却する。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

5  この判決は、原告勝訴の部分に限り、原告において担保として金七万円を供託するときは、かりにこれを執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は、主文第一項、第四項同旨、並びに、「被告は、原告に対し鉄製ドラム罐五十本を返還すること。若し、これを返還することができないときは、被告は、原告に対しドラム罐一本について金壱千弍百円の割合による金員を支払うこと。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因をつぎのとおり述べた。

「原告は、被告から昭和二十二年四月十八日に「ベト」と称する魚の廃油をドラム罐一本(百九十リツトル入)について単価金四千五百円替で百本、総代金四十五万円、東北線須賀川駅着渡、履行期は、契約後おそくとも一ケ月内の定めで買い受ける旨を約した。原告は、即日被告に対し代金四十五万円を支払い、且つ容器としてドラム罐百本を交付した。ところが被告は、みぎ契約のうち二十罐分を引き渡しただけであるので、原告は、同年九月二十六日に被告と合意して履行の済んでいない残りの契約部分を解除した。そうして、被告は、前渡金及びドラム罐を返還することを約し、原告との間で、前渡金残金三十万円を目的として、弁済期を同年十月十日とする準消費貸借を結び、またドラム罐八十本の返還の時期を同年十一月二十日限りと定めたのである。しかるに被告は、貸金の弁済期に内金十万円を支払い、またドラム罐三十本を返還しただけで、その余の約を履行しない。よつて原告は、被告に対し準消費貸借による残元金二十万円及びこれに対する履行期後である昭和二十三年七月一日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに、ドラム罐五十本の返還を求め、若し、これを返還することができないときは、一本について金千弍百円の割合による時価相当の損害金の支払を求めるため、本訴請求に及ぶものである。」

被告訴訟代理人は、「原告の請求は、これを棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、つぎのとおり答えた。

「原告の主張する事実中、売買の目的物の性質に関する点を除き、その主張のような売買契約を結び、代金四十五万円及びドラム罐百本を受け取つたことは、これを認める。但し、目的物は廃油ではなくて、価格統制品に属する魚油である。被告がその履行として魚油二十罐分を売り渡し、且つドラム罐三十本を返還したことも、これを争わない。そうして、魚油の公定価格は、契約の当時一罐について金千五百円であるから、約定価格は一罐について金参千円を超過している。従つて、代金中公価を超える金三十万円は、不法原因に基く給付として、被告はその返還義務を負わない。また、ドラム罐中未返還の五十本については、返還義務を免除されたものである。」

<立証省略>

三、理  由

原告が被告から昭和二十二年四月十八日に魚油(その性質については、争いがあるから、後に判定する。)ドラム罐入(一本は、百九十リツトル入)百本を、代金一本につき金四千五百円替計金四十五万円で契約後一ケ月内に受け渡しする定めで買い受ける旨を約したこと、原告が同日被告に対しみぎ代金を支払い、且つ、鉄製ドラム罐百本を交付したこと、並びに、被告がみぎ契約のうち二十本分の目的物を引き渡し、また、ドラム罐三十本を返還したことは、当事者間に争いがない。

つぎに、成立に争のない甲第七乃至第十二号証、並びに、原告及び被告各本人訊問の結果をまとめて考えると、原告及び被告は、昭和二十二年九月二十六日に合意のうえ、原契約のうち履行の済んでいない残りの契約部分を解除し、被告がこれよりさき履行した魚油二十罐分の代金額を金十五万円と協定し、被告は、さきに原告から受け取つた前渡金四十五万円からみぎ金十五万円を差し引いた残金三十万円を同年十月十日限り原告に対し支払う旨を約し、その旨を認めた書面を差し入れたこと、被告は、みぎ金三十万円のうち金十万円を支払い、後に残金二十万円の履行を確保するために、原告にあてて同額の約束手形を振り出したこと(この手形は、その後数回書きかえて、最後に満期を昭和二十三年六月三十日とする手形を差し入れている。)、並びに、原告の本訴提起に至るまでの間、原告がしばしば被告にその履行を促したところ、被告は、あえてこれを争わず、その都度履行の猶予を求め、原告もこれを猶予して切替手形の交付を受けていた等の事実が認められるものであつて、これらの事実によつてみれば、原告の主張のとおり、昭和二十二年九月二十六日に原告と被告との間において、残前渡代金三十万円の返還債務を目的として、弁済期を一応同年十月十日と定めて消費貸借を約したものと認定することが相当である。

被告は、契約の目的物は、公定価格の定めのある魚油であるから、原告の主張する売買代金は、不法原因給付である、と主張する。さて、契約時の昭和二十二年四月当時において、各種魚油等動物油脂(ビタミン油を除く。)については、昭和二十二年七月一日大蔵省告示第五百三十六号(昭和二十二年九月三日物価庁告示第五五八号改正)によつて公定価格が定められ、また、いわゆる特定又は指定動物油(油滓を含む。)については、昭和十七年九月十五日農林省令第七一号動物油脂配給統制規則(その後、数次の改正があり、なお、昭和二十二年十二月二十九日農林省令第九八号油糧需給調整規則により廃止された。)により、配給が統制されていたことが明らかである。原告は、契約の目的物は廃油である、と主張し、その本人訊問においても、同趣旨に供述する。なるほど、昭和二十年九月十四日物価庁告示第六五号によれば、鉱物油については、廃油の価格について特別の措置がとられておるのに、魚油についてそのことがないから、魚廃油は価格統制品ではないもののようである。しかし、当裁判所は、前掲原告本人訊問の結果を信用することができないのであつて、却つて、被告本人の供述するとおり、廃油と称して魚油に関する取引をしたものと認定する。そうして、他に、法定の除外事由ある場合に該当する旨の主張及び立証がないから、前認定の契約(ただ如何なる銘柄又は種類の魚油を目的としたかは、被告の明らかに主張しないところである。)は、なおかつ、前示統制法令の規定に違反するものと推認されないではない。してみれば、原告をして本訴請求にかかる金員の取り戻しを許すことは、一見すれば、社会的に妥当でない行為の主張のもとに、その行為の結果の復旧を助けるような感がある。一般に、民法第七百八条の規定は、給付がいわゆる「不法の原因」による場合には、この結果を否定しようとするのであつて、ここに「不法」とは、公序良俗違反の場合に限るべきでなく、原則的には、経済統制法令違反の場合をも含む、と解すべきであろう。しかし、いまこれを本件について考えると、前認定のとおり、原告主張の債権は、単純に違法無効の法律行為による債権の主張そのものではない。却つて、原告が被告を信頼して、目的物の引渡に先だつて交付した売買の前渡金の残金について、被告が特に別途の契約によつて期日を定めて返還することを約し、その後にも、たびたびこれを確認して履行の猶予を求め、且つ、現に内金十万円を任意に支払つた債務に関するのである。しかも、この場合に被告の争うままに、原告の請求を拒ませることは、本来臨時的な国家政策としての経済統制法令の健全な存立を一般に認識させる一応の効果はあろう。しかし、この利益の反面には、被告に原告の給付を終局的に保留させて、且つ、契約は守らるべしとの信義をみだる結果を招くのであつて、この不利益は、その商取引一般の信用に及ぼす影響において、前者の立場による利益とは比較にならぬものがある。してみれば、原告及び被告の間における、前認定のような特段の契約関係については、これを民法第七百八条にいわゆる給付が「不法の原因」による場合に当らないものと認定するのが相当であつて、且つ、被告にその返還を命ずることは、信義に従う義務の履行を求めるものに外ならない。よつて、この点に関する被告の抗弁は、結局理由のないものとして、これを排斥しなければならない。

最後に、成立に争いのない甲第七号証によれば、被告は、前認定の準消費貸借の契約と同時に、ドラム罐五十本を昭和二十二年十一月二十日までに返還する旨を約したことが認められる。被告は、この義務を免除された、と主張するけれども、この主張に符合する被告本人訊問の結果は、原告本人訊問の結果に照して、これを採用しない。ただ原告は、返還不能のときに、これに代る賠償として、一本について金千二百円の金額を主張するけれども、これを認めるに足る証拠がないから、前示甲第七号証によつて被告が承認するとおり、一本について金六百円の範囲において正当としてこれを認めるの外はない。

以上に説明したところによつて、被告は、原告に対し、(1) 貸金三十万円から前認定の内入弁済金十万円を差し引いた残金二十万円及びこれに対する履行期後である昭和二十三年七月一日からその完済まで民事法定利率年五分の割合による損害金を支払い、(2) 鉄製ドラム罐五十本を返還し、若し被告において、これを返還することができないときは、一本について金六百円の割合による損害金を支払う各義務がある。よつて、原告の本訴請求は、みぎ認定の限度でこれを許し、その余を棄却することとし、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中西彦二郎)

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